東海道の旅

2:権太坂のコロッケ


(昔話集)・・神奈川県の昔話

     ・・万年寺のつり鐘



神奈川宿・・・JR東海道線/神奈川駅

       み霊まつり(7月)

保土ヶ谷宿・・JR東海道線/保土ヶ谷駅

       保土ヶ谷宿場まつり(10月)



〜川崎駅・・神奈川宿・・保土ヶ谷宿・・東戸塚駅〜


 旧東海道の案内石柱がどこでもあると安心していたが、電柱の看板だったり、歩道に不思議なマークと東海道の文字が描かれている四角い蓋のような物も有り、当惑したが、さすが歴史ある東海道で有名な場所には当時の絵地図と道路地図と案内が書かれた看板が有り、矢印で方向を示してくれるが、それでもまごつく場所があって冒険心をくすぐりだした。

 

 道はわずかな上り坂になり(鶴見川氾濫)の看板と耐震補強の工事看板が現れた。川幅が狭く台風などで多量の流れが堤防を越えてしまい、甚大な被害が出るようだ。

 

 昼飯の時間だが、歩き始めに食べたお団子のお蔭で腹時計は遅れているらしい。

旧東海道は魚河岸通りと名前がついて、80軒ほどの魚屋が並び、早朝にはお寿司屋などの

仕入れで賑わい、マグロ専門店とか、貝類専門店などがある。

 

 もう少し先に食べ物屋があると期待したが、高そうなウナギ屋のノレンが招いたが、パスした。

高速道路の工事現場になり、(中華)の看板に飛び込んだが、職人さんに合わせた濃い味と量に腹が膨らんだ。10分も進まない場所にキリンビールの工場、レストランの大きな看板にがっかり。

 

 横浜駅の近くに来た。この付近はお寺が多く、明治の開港当時に広いお寺は領事館として

使われたとか。街道は駅から離れた場所で、海はずっと向こうなのかな。

いまは商店が並ぶ街の中だが、昔の街道は松林が茂る海岸線を通っていたのだろうなあ。

 

 上り坂の国道1号線に出た。正面の小高い丘に住宅が並んでいた。そこに権太坂があるらしい。

旧東海道は国道と別れて急な登りの細い道になった。ゆるいカーブが続いて、上に見えた信号機あたりで登りが終るようだったが、少し平らになり、また登りだ。

 

 天辺の海抜はわずか80m程度だ。国道は下の方で箱根駅伝では箱根に次ぐ難所とされている。登る途中に横浜の市街地が見え、もう少し行くと夕焼けの富士山が見えるかもしれない。

頂上までずっと住宅が続いた。

 

 交差点にちっぽけな商店があった。肉屋さんだ。メンチカツを揚げていた。「コロッケありますか。」

「売り切れたよ、明日だね。」「ここで待っていようか。」「布団を出してやるよ。」

 

 下り坂になり、広い道路に出た。右手の小高い丘に地蔵を祀る社だ。道路標識に(東戸塚駅)、つられて坂を下るとどうも様子が変だ。旧道らしい雰囲気が無い。

 

 地蔵堂の前を下ると教えられ、坂を上り返すとあったぞ、案内看板を見落としていた。

狭い下り坂は焼餅坂、両側に樹木が茂り、ここは残された街道だ。木の根が絡みついた小山だ。

 

 一里塚だ。日本橋から9番目になる。ここまでは一里塚跡の石碑だったが、昔のまま残っている。

右の道は歩道橋だ。渡る先に21世紀のビル群が出現、振り返ると江戸時代の街道があった。

2016/1/26


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