日光街道の旅

4:幸手宿・栗橋宿


(歴史)・・権現堂堤



〜東武動物公園駅・・幸手宿・・栗橋宿・・栗橋駅〜


  幸手宿だ。商店街の街灯が一直線に並んでいる。

街に入る手前に日光御成街道と合流する地点に行きた。日光街道とは斜めに接続する幅広の道だ。将軍だけが日光参拝の折に使われた道である。

 

 御成街道は江戸城から日本橋に出ないで中山道に入り、東大の赤門近くで中山道と別れて直進して日光街道の幸手までの街道だ。

 

 将軍専用の街道がなぜ作られたのだろうかと疑問になった。距離を短縮したのか、それとも漂う死臭を避けるため小塚原刑場を迂回するためだろうか、それとも吉原に立ち寄れせないためなのか。

 

 今日も相変わらず暑い一日で、北海道で37度を越えた模様だ。

前回と同様に南風が吹いたが、湿気があるのか、体中がジトー、ベターになる。

 

 歩道は国道の取付道路になり、田んぼと国道の盛り土に挟まり、風は遮られ、太陽はいっぱい。車の騒音は聞こえない、暑いのか田植えの終わった田んぼから蛙の声はない。鳥や虫の声もない。歩道に戻ると、車の轟音が次々とやってくる。車が巻き上げる暑い風が吹き付けた。

 

 そろそろ今日の目的地、栗橋宿に近くなった。

近くに権現堂川があり、合流地点をせき止めて、上流から細長い遊水池として整備されていた。この川の対岸は茨城県になる。そこに(キューピーマヨネーズ)と大きく書かれた工場があった。

 

 細長い大きなタンクが並び、石油の精製でもやっているかと思う規模だ。

予約すると見学が出来ると後になって知ったが、何か食べさせてもらえ、手土産があるらしいが。残念だなあ。

 

 屋根より高いところに丘が続いている。利根川の土手だ。もう栗橋宿に到着だ。

街道を離れて駅に向かう道に入った。ここから800メートルとあるが、道を間違えて遠回りしているのか、心配しながら、西日に向かって暑さが続く道を進む。

 

 ここでまた洪水の記録を示した電柱があった。また足下にブルーの線があるかと思ったが、

なんと、水が達した記録は3メートルほど上にあった。

 

 駅前に出たのか、突き当たりに古びた駅舎があり、今はタクシーの会社だった、

駅はもう少し先だ。その手前に(静御前の墓)が。ほんとかな?

2014/6/3



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